豊後大野 大地の物語

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犬飼港跡

大地と人々の歴史を垣間見ることができるジオサイト

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 犬飼港は、寛文2年(1662)に豊後岡藩の川港として大野川中流域の犬飼町に建設されました。

 岡藩主は、参勤交代の際、犬飼港から御座船に乗り大野川を下って三佐港(今の大分市鶴崎)まで行き、さらに大型船に乗りかえて、瀬戸内海を渡り大阪に上陸、そこからは東海道又は中山道経由で江戸に入ったとされています。

 犬飼港の周辺は、褶曲(しゅうきょく)により砂岩・泥岩層などによる堆積層がほぼ垂直に立ち上がって見える大野川層群犬飼層(中生代白亜紀)が露出しています。

 ここは、軟弱な部分が水流で浸食され、残った砂岩部分が岩の戸を立て並べたような状態となり、極めて足場の悪い状態でした。そのため、犬飼港の荷揚げ場では加工に適した阿蘇溶結凝灰岩の板石を丁寧に敷いて平場を作っています。

 また石畳の下流200m付近の犬飼層の岩壁には、川船の安全を願ったとされる「波乗り地蔵」が線刻されています。

 波乗り地蔵の彫刻面と反対側の面には、化石漣痕が残されており、線刻磨崖仏との対比を見ることができます。

 犬飼港跡周辺での奇岩が並び立つ様は江戸時代から来訪者の目を引きました。。天保年間に記された「九州道中日記」には、「其奇巖大巖の異曲、誠に珍観絶景也」と表現されています。

 犬飼港は市指定史跡で、阿蘇-4溶結凝灰岩・大野川層群犬飼層の地質と、港町時代の歴史を併せて堪能できる貴重な場所でもあります。

資料

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