豊後大野 大地の物語

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虹澗橋

「谷を渡る虹」という名の未来への架け橋

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 江戸時代、三重川の柳井瀬を渡って臼杵藩城下町まで年貢を運搬するために造られた「虹澗橋(こうかんきょう)」。

 虹澗(こうかん)とは、「澗(たに)を渡る虹」の意味で、その名のとおり優美で壮大なアーチです。江戸期のアーチ式石橋としては、県下最大を誇ります。

 阿蘇-4溶結凝灰岩が深く下刻された柳井瀬は、「遠方、殊更馬持たざる百姓共、別して(とりわけ)難渋」という難所でした。このため甲斐(茶屋)源助、多田(油屋)富治、後藤喜十郎の三富商が出資して架橋を企画、文政4年(1821)から臼杵の石工織平により着工、4年の歳月を経て完成しました。

 橋脚の傍には築造の経緯を記した文政9年(1826)刻銘の石碑「虹澗橋碑」が建てられています。

 建設当時、日本一のアーチ式石橋であった虹澗橋は、凝灰岩による深い谷を凝灰岩によって克服しました。その技術は、人と自然が織りなす当ジオパークの象徴であり、市内に115基あるアーチ式石橋群の嚆矢でもあります。

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